将来を見据えた知財の活用提案を心がける弁理士、岸本高史氏のインタビュー
【今回のインタビュー】
弁理士
岸本高史氏
法政大学情報科学部コンピュータ科学科卒。東京理科大学大学院 総合科学技術経営研究科 知的財産戦略修士。中小企業診断士。2015年弁理士登録。大手総合電機メーカーの知財管理専門会社に入社。紀尾井坂テーミス綜合法律事務所に入所。
取扱業務:特許、実用新案、意匠、商標
得意分野:機械、情報、科学、IT系
今回は弁理士の岸本高史氏に、つなぐIP編集部より、弁理士になるまでの経緯やスタートアップのための知的財産に関することをインタビューさせて頂きました。
―弁理士の資格をお持ちですが、弁理士とはどのような職業でしょうか?
弁理士とは、一般の方は普段馴染みがないかもしれませんが、弁理士試験に合格し弁理士登録された国家資格者であり、知的財産の専門家です。特許、実用新案、意匠、商標といった知的財産を権利化するための出願書類作成の代理や、特許庁への出願手続きの代理を独占業務として行えます。
―ありがとうございます。初めに、弁理士を目指した経緯を教えてください。
大学時代は理系の学部でしたが、大学で弁理士の先生を招いた知的財産の講義を受ける機会があり、弁理士という職業を知りました。また、時代の流れとしても、2002年当時、米国のプロパテント政策に倣って小泉政権時代に知的財産戦略大綱が発表され、知的財産立国を掲げるなど、物的資源に乏しい日本は情報化時代に知的財産が重要であることを打ち出されていました。大学での講義と時代背景が重なり弁理士に興味を持ち、特許など知的財産について学びたいと思い、それらを専門的に学べる大学院に進みました。
大学院時代に特許制度を学び面白いと思いましたね。1899年に「特許代理業者登録規則」が施行されるなど、弁理士は約100年の歴史のある職業で、そのような歴史のある仕事をしたいと思いました。大学院卒業後、新卒で知財管理専門の企業に就職し、実務をこなしつつ弁理士試験を受け、弁理士の資格を取り、現在の事務所に入所しました。
― 弁理士はそれだけの歴史があるのですね。弁理士のお仕事についてお伺いしますが、どのような相談を受けることが多いのでしょうか?
スタートアップやベンチャーの方からですと、特許と商標の相談が多いですかね。
特許に関しては、将来の展開や対外的なリスクヘッジのため、自社のアイデアや技術を他社に真似られないよう、特許で保護したいというニーズがあります。自社技術に関し、特許を取得していれば対外的な技術力のアピールになり、取引先や投資家に安心感を与えることができます。ただ、特許出願すると、いずれ発明の内容がオープンになりますので、発明の内容によっては、営業秘密としてノウハウ化することも検討した方がいいですね。
商標に関しては、既に事業をスタートされていて、会社名や商品・サービス名を商標登録した方がいいのかといった相談が多いです。実際のところ、事業を本格的にスタートする前に、登録商標を調べておかないと後々痛い目をみる可能性があります。例えば、商標登録は、原則、早いもの勝ちですので、自社が使用している商標を、他社に商標登録されてしまうリスクもあります。広告を打つなどブランドをPRした後で、他社に商標登録をされていることが判明し、実は使えませんでしたとなってしまうと、投資した分が無駄になってしまいます。
もし会社が有名になれば、会社名が商標として認識されていくようになりますので、ブランドを構築する上で、商標として権利を取ることは大事です。会社名で商標登録されていないかは調べた方がいいですし、商品・サービス名ならなおさらですね。
最近はネットが普及して個人で商標出願する人が増えていますが、費用や労力をかけて商標出願したにも関わらず、既に似た登録商標が登録されていたり、出願手続に不備があったりして権利として取れなかったということがあります。今後のビジネス展開も踏まえた権利取得のために、専門家である弁理士に相談をしていただけたらと思います。
― 弁理士へ相談するにあたり、スタートアップに特典があるような知的財産の制度はありますか?
はい、あります。スタートアップであれば、減免制度や早期審査について知っていただき、積極的に使ってほしいですね。
減免制度に関しては、2019年4月1日に新減免制度となり対象が拡大され、中小企業の殆どが対象となりました。以前は減免申請時に減免申請書や証明書類の提出が必要でしたが、現在は不要となり簡単に減免申請ができるようになっています。審査請求料や特許料10年分が1/3の費用に抑えることができる制度のため、積極的に利用してほしいですね。
早期審査に関しては、特許の場合、早期審査を申請すると約2ヶ月、スーパー早期審査でしたら約1ヶ月で審査結果が出ます。商標の場合、早期審査を申請すると、約2ヶ月で審査結果がでます。早期審査をしなかった場合、現在、特許も商標も審査結果が出るまでに、通常の手続ですと、大体1年程かかります。1年経つと市場や環境が変わってしまいますので、権利化できるかわからない状態が1年続くのは事業リスクが高いですよね。そのためにも、早期審査は重要だと思います。
― そのような制度は有効的に活用したいですね。特許や商標については、いつ相談すればいいのでしょうか?
スタートアップやベンチャーには、特許に関しては、アイデア段階で相談に来てほしいですね。特許出願が前提でしたら、相談無料といった事務所は多いので、積極的に利用してほしいです。アイデア段階でご相談いただくことで、先行技術がありそのままでは特許としては厳しいことや、先行技術がなく特許となりそうなどと話が進みます。抽象的なアイデアでも弁理士がブラッシュアップをすることで、具体的になることもよくあります。商標に関しては、商品やサービス名を世に出す前に、ご相談いただきたいですね。商品やサービス名を世に出すと、悪意のある第三者に商標登録されてしまう可能性がありますし、もし海外展開をお考えでしたら、海外においても商標登録できるネーミングの選定や、海外での商標模倣防止策についても検討が必要です。
起業予定の方には、会社を立ち上げる前に商標相談に来てほしいですね。ただ、実際に相談に来られる方の多くは、会社を立ち上げてから会社名の商標相談に来られます。その時既に他者にその会社名を商標登録されていた場合、会社名の商標として利用することができなくなり、将来的な事業展開の妨げとなることがあります。
早期の段階でご相談いただけましたら、権利化を早める制度のご提案であったり、そのために必要な資料や、指定商品はこうしましょうなどと、専門家としてのアドバイスができますので、将来的な権利取得をより確実なものとすることができます。
― ビジネスアイデアを考えた際など、特許の相談をする際に必要な資料はありますでしょうか?
スタートアップによるアイデア段階の相談の際は、特に必須の資料はありませんが、アイデアをご説明いただくための資料があるといいですね。
初めてのご相談ですと、お客様は何が特許になるかはわからないため、特許にしたい内容が抽象的なことが多いです。弁理士はそのアイデアを、特許庁へ提出する出願書類において具体的に説明する必要がありますので、ご相談後に発明をブラッシュアップし具体的に落とし込んでいきます。
そのため、可能でしたら1、2枚程度でいいので、アイデアの概要やフローチャート、製品の簡易な図面などをご提供いただけますと、より幅広いご提案ができます。弁理士として出願前に、特許公開公報など先行技術を調べますが、似たような製品や参考にした技術などをご存知であればあれば教えていただけると、それらを回避して権利取得するための出願内容等を検討することができます。
なお、特許出願するには、願書・明細書・特許請求の範囲・要約書・図面といった5つの出願書類を特許庁へ提出する必要がありますが、それらの書類は弁理士が作成をしますので、安心してご相談下さい。
― 特許庁への出願書類を作成いただけるとのことですが、特許の権利化までに必要な費用はいつ発生するのでしょうか?
現在(2020年1月時点)、特許庁への庁費用の実費としては、
①特許出願時(1万4,000円)、
②審査請求時(13万8,000円+(請求項の数×4,000円))、
③特許料納付時((2,100円+請求項の数×200円)×3年分)
の段階でかかり、その後権利維持費用が発生します。
ただ、特許事務所にご依頼いただきますと別途代理人費用がそれぞれ発生をいたします。代理人費用は事務所毎に異なりますので、ご相談される事務所へご確認いただけたらと思います。
また、上記とは別に、中間手続に関する費用が発生するケースが多いです。中間手続とは、審査請求後に、特許庁から拒絶理由通知といって、現状の特許出願の内容では、先の特許の内容と抵触する等の理由により、特許できない旨の通知が送付されることがあり、その時に意見書や補正書といった書面を提出することをいいます。これにより、現状の特許出願の内容を修正したり、特許庁の認定に対して反論をすることで、特許取得に導くことができます。そのような中間手続をする場合、庁費用の実費はかかりませんが、内容の検討や提出する書面作成のための代理人費用が発生します。なお、ここで反論しなかった場合、原則として、特許の取得はできません。
― 特許出願以降も費用が発生するのですね。それでは、お仕事をされる上でのやりがいについて教えてください。
仕事のやりがいは沢山ありますが、大きく3つあります。
1つは、お客様の発明やアイデア、ブランドを特許権や商標権という形で、権利的に保護するお手伝いができることですね。相談を受け必要な情報を聞き出したり、特許であれば、公開公報を調べたりして、発明の内容を具体的に落とし込んでいく作業が大変ではあるのですが、その結果、晴れてお客様の知的資産を権利化という形で保護できたときに、やりがいを感じます。
2つめは、弁理士として携わった案件が、世の中に貢献していると感じることです。特許権の制度は、特許出願から1年半後に発明の内容が公開されることにより、改良発明を生み出すなど世の中の産業の発達を目指しています。また、商標制度にも競業秩序の維持など公益的側面があります。そのため、私が携わった案件の特許や商標の出願内容が公開されると、世の中に貢献していると感じ、やりがいを感じますね。
3つ目ですが、お客様が警告書を受け取り相談に来られた際、中身を精査しトラブルを解決できた時です。警告書は、権利を侵害しているといった相手方の一方的な主張です。そのため、本当に権利を侵害しているか警告書の中身を検討して、その時に権利侵害の有無や侵害回避等の対応策の検討を行います。これらの判断は専門家でなければなかなか難しい部分があります。折衝した結果、お互いの妥協点となる着地点を見つけることができるとやりがいを感じますね。訴訟に至る手前で事を収めることができるのも仕事の醍醐味の一つです。
― 最後に、スタートアップへ知的財産に関するアドバイスをお願いします。
特許も商標も自社の財産として、しっかりと権利を押さえておくことが大事ですね。
海外展開を見据えているのであれば、特許も商標も海外での権利化を視野に入れておいた方がいいですね。特許は発明の内容が公開されてしまうと、公開後は原則として海外でも特許が取れなくなってしまうため、どの国に特許出願するか早い段階で検討しておく必要があります。また、例えば、商標は英語のブランド名で商標の権利を取っておかないと、将来海外でそのネーミングを使おうと思った時に、海外で他社がその商標の権利を持っていて使えませんということはよくあります。
スタートアップには、知的財産を積極的に活用して利用するという意識を持ってほしいですし、気軽に相談してほしいですね。特許は自社技術のアピールになりますし、商標は将来的に自社のブランドを守ることができます。将来的なことを見越して権利の保護をしてほしいと思います。将来的なトラブルの回避をするためにも、気軽に弁理士にご相談いただけたらと思います。
編集部からのコメント
今回は 弁理士の岸本高史氏に、つなぐIP編集部より、弁理士になるまでの経緯やスタートアップのための知的財産に関することについてのインタビュー記事でした。
編集部といたしましては、アイデア段階や起業前にまずは相談してほしいとのことでしたが、気軽に相談のできる専門家は大切だなと思います。また、弁理士の視点からスタートアップの方へ、特許や商標の説明や注意事項など、とてもわかりやすいアドバイスをいただきました。減免制度や早期審査は有効に活用したいですね。岸本さんはとても親しみやすい方で、インタビューをしていても相談しやすい方だなと感じました。